2013年2月25日月曜日

2013/02

 金子光晴絶望の精神史」は久し振りに読書に没頭させてくれた。食事のさなか、歩く時に至るまで、片手で頁をめくり、一挙に読み切った。幕末から、明治大正、昭和へと、筆者の周りの人物が、様々なことを心の拠り所にしながらも、裏切られ絶望してゆき、そこから現代にかすかな救いと、時代を生き抜く(信じ抜く)ヒントを与えてくれる。

 近代日本が抱える「西洋化か否か」という二者択一の問に対し、反射的な選択肢を捻り出すより、第三の選択しとして「絶望すること=まずは内省せよ」という島国の身の丈にあった思想を見いだす。筆者は第二次大戦中も反戦詩人として活動したそうだが、息子を兵隊に捉えられまいと屋外で風雨にさらし、わざと肺炎を起こさせたという。調べてみたら、その息子は森乾といって、自分が紹介に関わっている仏前衛美術家モーリス・ルメートルの「愛の作法」の邦訳をしていた。意外な繋がりがあると驚いた。

 今戦争がもし起こったら、徴兵制が採られるとも限らない。自らの子を雨ざらしにして病気を起こさせ、戦争に参加させまいと自分にできるだろうか。深く僕の心にその問いが残った。

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